提言/報告書

[報告書目次]

アジア地域の安全保障と原子力平和利用

エネルギー安全保障と日本のエネルギー多様化戦略

山内 康英  国際大学教授

1. はじめに

本稿では、「エネルギー安全保障政策」を『国家のエネルギー需給のシステムを考えて、それが国際社会から受ける危険・阻害要因に一定の許容域で対処するための諸政策』と定義する。政府はエネルギー安全保障を、通常は国家のエネルギー政策の一環として、特定の制度的枠組みを通じて具体化している。このように、エネルギー政策、エネルギー安全保障政策は、ともに多くの異なるサブカテゴリーを所掌する広い意味での「制度の束」だと言うことができる。(*1)

日本のエネルギー安全保障政策の主要な部分は、1970年代の石油危機への対応として導入された。(*2)日本にとって1973年の石油危機が、エネルギー構造の石油への全面的転換の最後の局面──すなわち石油への依存度が飛躍的に高まりつつあった時期──に生じたということは、その後の政策的対応の規模の大きさを理解するために重要である。

日本の、石油危機に対する政策的対応は、第1次、2次の石油危機で若干異なる。第1次石油危機の際に、日本は石油の安定供給の確保を重視する政策をとった。具体的には石油メジャーに依存しない独自の供給ルートと海外石油資源の開発が始まった。この方策は中東から始まり、東南アジア、北東アジア、極東アジアと地域や対象を広げながら現在に至っている。

これに対して第2次石油危機に際して政府は、石油代替エネルギーの導入促進に重点を置いた。たとえば後述のように「電源開発促進特別会計」に「電源多様化勘定」を設けて、電力料金から原子力や地熱や太陽発電といった新エネルギー開発に資金移転を行う仕組みを創設した。(*3)

現時点でOECD諸国が取り組んでいるエネルギー安全保障政策の中心は、国際的な石油供給の混乱と、ここから生ずる価格の急激な変動、とりわけ中東での政治的事件が引き起こす「石油ショック」(*4)にどのように対応するのかに置かれている。実際に当面、大規模な価格の騰貴と、これに続く国民経済への影響を引き起こしうるエネルギー供給の混乱が、石油以外のエネルギー要素から生ずるとは考え難い。石油の埋蔵量については各種の推計があるが、現在の価格および生産水準の延長を考えて、今後20~30年間の採取可能性を疑問視する主張は見あたらない。(*5)

2. 政治的事件からエネルギー危機まで

石油の世界的な供給混乱から、価格騰貴やデプレッション効果によって経済的損害が生じる間には、下図のような段階があり、エネルギー安全保障政策とは、それぞれの段階で可能な限り多くの損害限定の障壁を設置することだと解釈できる。(*6)

供給混乱 供給停止から
危機への移行
価格騰貴から生ずる
経済的損害発生
第1ライン 第2ライン 第3ライン

まず、供給混乱に対する第1ラインでは、相手側に石油戦略を政治的に利用する意図のある場合と、無い場合では対応が異なっている。第1次石油危機のように、戦略的意図を持って石油市場を操作することも可能である。これに対しては外交的、軍事的活動や、戦略石油備蓄をバックにした交渉が有効であろう。たとえばOPECのような供給者カルテルが交渉の一方にある場合には、IEAのような需要者側の連合を作ることが交渉上、有利になる。これは一種の2者ゲーム的状況であり、戦略石油備蓄の統合的な利用が交渉のカードとなる。もしこのカードが上手く働けば、石油備蓄はエネルギー危機に対する一種の抑止力となる。これに続いて、供給停止から危機への移行に際して、第2ラインを構築するためには、石油に対する依存の程度や、他のエネルギー要素による代替可能性が選択肢となる。

日本のエネルギー安全保障の特徴

このような多段階の損害限定の導入という観点から見た場合、日本のエネルギー安全保障政策には、次のような特徴が見られる。まず第1点として、日本のエネルギー安全保障の最大の問題は、エネルギー要素全般の対外依存度の高さにあり、米国のように国内石油の増産といった対応策に的を絞ることはできない。むしろ石油以外のエネルギー要素全体を組み合わせたエネルギー安全保障の構築と省エネルギー政策が主要なテーマになる。他方で経済的効率の観点からすれば、国際市場で安価なエネルギーを調達することは国民経済にとって大きな利益である。(*7)

日本のエネルギー政策の特徴の第2点として、一次エネルギーの中で石油の対外依存度が高いこと自体が特に大きな弱点となっている。したがってエネルギー安全保障の観点からすれば、一次エネルギー消費の中で他のエネルギー要素の割合を増やすことが望ましい。もっとも天然ガスや石炭といったエネルギー要素の価格は、石油価格と強く連動しているために、この点については詳しい分析が必要である。

第3点として、日本は気候変動枠組み条約にコミットしており、環境問題がエネルギー政策に不可分の形で組み込まれつつある。環境問題への対策として、エネルギー需要抑制対策の導入や非石油エネルギー要素の比重が増加することは、エネルギー安全保障の観点からも望ましい。たとえば『総合エネルギー調査会需給部門中間報告(1998年6月)』によれば、「経済成長と環境保全」の両立が日本の直面する最も重要な課題である。この両立のためには、1.長期的観点からは新エネルギーや革新的技術開発、2.短期的には原子力利用の拡大、3.抜本的な省エネルギー対策、の「三つのE」をバランスさせる必要がある。『中間報告書』は、この「三つのE」の調和として、ア.2%程度の経済成長の達成、イ.COP3のコミットメントの下での環境負荷のより小さなエネルギー需給構造への転換、ウ.エネルギー自給率の向上等によるエネルギー安全保障の一層の確保、を目標とすべきだとしている。

3. 日本のエネルギー安全保障の制度的側面

日本のエネルギー安全保障の制度的側面を概観する際、エネルギー支出の一部を、エネルギー安全保障のために還流する制度的仕組みが、政策的に、社会にビルト・インされているという点は重要である。核燃料サイクル開発機構(旧動燃)が行う原子力研究開発への資金移転は、その一例である。つまり消費者が様々な形でエネルギーを利用する毎に、その一定割合が、半ば自動的にエネルギー安全保障に投資されるのである。

このような主として特定税を利用したメカニズムによって、日本のエネルギー安全保障は部分的に維持されており、多くの日本の国民は、それとは意識せずにエネルギー安全保障の分担金を支払っている。このような政策は、日本のエネルギー安全保障の長期的継続性を保証するものであるが、国際社会のエネルギー事情やエネルギーの利用技術に変化が生じ、かつ、制度的な慣性が強く働く場合には、経済的な不効率を生む危険性を持っている。

政府による財政的メカニズムに裏打ちされた日本の「エネルギー政策」の支出先を列挙すれば、石油対策(約4,800億円:数字は1999年度)、原子力(約4,700億円:数字は1998年度)(*8)、省エネルギーおよび新エネルギーの開発(1,300億円:数字は1999年度)、石炭対策(700億円:数字は1999年度)などである。(*9)この中で、どの項目が本稿で定義するような「エネルギー安全保障政策」に含まれるのかは議論が分かれるところであるが、それぞれの政策的理由付けとしてエネルギー安全保障が強調されているか否かを判断基準とすれば、概ね以下の通りであろう。(数字は1999年度)

‐石油戦略備蓄 3,124億円
‐石油自主開発 1,096億円
‐核燃料サイクルの研究開発 1,047億円
‐その他の核燃料サイクル等の研究開発 121億円

石油戦略備蓄

実効性および財政的配分から見て、石油備蓄は日本のエネルギー安全保障の中心である。一般に石油備蓄には、供給途絶時(緊急時)における追加的供給の確保(保険的効果)と産油国の意図的行動の阻止(抑止的効果)という両面の効果があるとされる。第一次石油危機を契機として設立された国際エネルギー機関(IEA)は、各国の石油備蓄の水準を90日に設定しており、また湾岸戦争の際に発揮されたように、IEAは、各国の石油需給と石油価格の動向をモニターしながら、石油備蓄の運用を統合的に行っている。これによって、戦略的石油備蓄の効果は、より大きなものとなる。

日本の石油備蓄は国家備蓄と民間備蓄に分かれている。平成11年6月末の時点で、国家備蓄は、85日分(4,750万kl、製品ベース)、民間備蓄は80日分(4,439万kl)だった。国家備蓄は、石油公団が運営する全国10箇所の国家石油備蓄基地に貯蔵されており、石油備蓄の費用は、「石炭並びに石油及びエネルギー需給構造高度化対策特別会計(石特会計)」から支出されている。このうち、石油対策に利用される「石油及びエネルギー需給構造高度化勘定」の原資は石油税であり、その税率は現在、石油:2,040円/1kl、LPG:670円/t、LNG:720円/tである。

石油自主開発

第1次石油危機以降、日本政府は、石油供給の分散化と多様化を図るために、中東地域への依存度を漸次低下させ、中国、メキシコ等と政府間直接取引原油の増量を図った。同時に、サウジアラビアやアラブ首長国連邦との政治的紐帯を強めるための外交的努力を続けている。後者の中には、石油精製所など産業施設建設に対する融資が含まれている。このための資金は、石油備蓄と同じ特別会計から支出されている。1999年の「石油及びエネルギー需給構造高度化勘定」は6,294億円である。

核燃料サイクル技術の開発

日本は、核燃料再処理と高速増殖炉の開発を通じたプルトニウム利用を一種の自主エネルギーとして重視している。政府は、原子力関連予算を、一般会計(政府予算)と「電源開発促進特別会計(電源特会)」によって賄っており、おおまかに言って、一般会計は基礎的な研究開発に、電源特会は電源立地勘定と電源多様化勘定(軽水炉の高度化、核燃料サイクルの開発およびウラン資源の自主開発などを含む)に充当されている。電源特会は、電源開発促進税を財源としており、これは現在、電力1kWhあたり44.5銭である。1999年度の「電源開発促進対策特別会計」は4,716億円であった。

制度的側面から見た日本のエネルギー安全保障

日本のエネルギー安全保障政策に関与する省庁は限られている。石油と原子力の商業分野については、通商産業省・資源エネルギー庁が、また核燃料サイクルの開発については、科学技術庁が所管している。このような分掌体制が効率的かどうかについては、さらに検討の余地がある。不拡散政策に関連して外務省が所管する部分があるが、その比重は小さい。現在の原子力政策の分掌体制は、今後の省庁再編に伴って大きく変化する見込みである。また、自民党行政改革推進本部は、1999年10月に起こった東海村核燃料施設臨界事故を踏まえて原子力安全委員会を改組し、各省庁から独立した行政組織とすることで原子力安全の検査体制などを強める方針を明らかにしている。(*10)

日本のエネルギー安全保障政策とは、特定の歴史的経緯を経て発展してきた複合的な政策であり、以下のような基本的な考え方を持っている。

  • ア.既存のエネルギー源を利用したリスク分散
  • イ.石油の安定供給確保
  • ウ.省エネルギーの推進
  • エ.長期的展望に立ったエネルギー研究開発を通じた一層のリスク分散

日本政府は、プルトニウム利用を主としてエネルギー安全保障と環境問題から正当化している。この点については、エネルギー安全保障としての核燃料サイクルを批判する人々も同様である。しかし制度的分析からすれば、日本のエネルギー安全保障をプルトニウム利用のみから説明するのは誤りである。むしろOECD諸国は、類似したエネルギー安全保障政策を採っていると言うべきであって、その実効的手段は戦略的石油備蓄に置かれている。日本と米国の違いを2点、挙げるとすれば、第一に米国は、石油供給地域への直接的な兵力投入を供給確保の政策的選択肢として持っていること、第二に、日本は核燃料サイクルをエネルギー政策の一環として維持していることであろう。

  1. 最近の経済史や国際関係論の分野では「制度研究(institutional analysis)」が注目を集めている。その理由は制度が、経済的行為者の間の、あるいは経済的行為者と政治的行為者の間の接点となるからであり、さらに社会的意思決定の戦略的側面を表しているからである。また制度は、社会に存在する多くの「経路依存性(path dependency)」の一因となっている。これに加えて、国家の運営する諸制度が、多くの場合、財政的な裏付けを持っているために、制度研究は異なる制度=社会プログラムの大きさの比較を通じて、エネルギー安全保障といった幅広い政策の全体的な見取り図を作る際に好適なアプローチだ、と考えることができる。
  2. ちなみに石油危機以前のエネルギー政策の推移は以下の通りである。
    ア.戦後復興期: いわゆる「傾斜生産方式」による国内石炭増産体制
    イ.経済自立化: 石炭産業の合理化と「炭主油従」
    ウ.高度成長期: 原油輸入自由化とエネルギー構造の石油への全面的転換
  3. なお、1999度の電源多様化勘定は約2543億円である。
  4. 「石油ショック(Oil Shock)」とは、世界的な石油の供給混乱と価格の騰貴を指す。
  5. (財)電力中央研究所『石油を中心とする化石エネルギーの枯渇評価』では、石油は2030年頃にピークを迎えて減退に入ることになっている。石油鉱業連盟『石油・天然ガス等に関するスタディ』では、現在の年間採油量(約226億バレル)での可採埋蔵量を約41年としている。
  6. Lynch, Michael, "The Nature of Energy Security," Breakthroughs, Spring 1997, p.9.
  7. たとえば、エネルギー安全保障の観点から国内石油生産を支援する米国の政策に対して、GAOの報告書は、次の論点から批判的である。ア.海外石油輸入の経済的利益と石油ショックから生ずる潜在的経済コストの比較、イ.National Energy Policy Plan 1995等によってクリントン政権が採用した政策が、石油ショックの脆弱性を緩和する程度の推定、ウ.石油ショックに対する経済的脆弱性を軽減する諸方策の検討。この分析によれば、米国が廉価な海外原油に依存することから得る利益は、時々の、しかし程度の激しい国際的な石油供給の混乱から生ずるコストを上回っている。また、1980年代の自由化により国内石油価格と国際価格が連動していることを考えれば、2010年以前に現政策が石油ショックの脆弱性を緩和するとは考えられない。さらに、石油ショックに対処する方策としては戦略石油備蓄を推奨している。この報告書は、エネルギー省からの反論を付属資料として添付している。GAO, Energy Security: Evaluating U.S. Vulnerability to Oil Supply Disruptions and Options for Mitigating Their Effects, December 1996
  8. この数字は、以下の項目を含んでいる。安全確保対策の総合的強化、核不拡散対策の強化、情報公開と国民の理解促進に向けた取組み、原子力施設の立地の促進、軽水炉体系による原子力発電の推進、核燃料サイクルの推進、バックエンド対策の推進、原子力科学技術の多様な展開と基礎的な研究の強化、国際協力の推進、人材の養成と確保。
  9. 原子力関連の数字は、科学技術庁『平成10年度原子力白書』「1998年度原子力関係予算総表」、原子力以外の数字は、杉本和行編『平成11年度版図説日本の財政』東洋経済新報社「平成11年度エネルギー対策予算」による。
  10. 『 日本経済新聞』1999年11月12日(朝刊)。

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