国連安保理の不思議
進展しない制度改革

1945年10月24日に51カ国で発足した国際連合は、現在193カ国(7月14日に南スーダン加盟を承認)、9月23日にはパレスチナ自治政府が国家としての国連加盟申請書を提出した。このパレスチナの申請には安全保障理事会(安保理)の常任理事国である米国がいち早く反対、拒否権を試行すると表明しており、安保理での承認は不可能であろう。パレスチナの国連加盟が認められれば、テロ組織の大きな闘争目的の一つが消滅すると思われるのだが、超大国の安全保障と外交は、そう簡単に物事を進ませたくないようだ。

国連・安保理の重要性は今さら記述することもない。第二次世界大戦後66年を経て世界情勢は大きく変化した。大きな変化としては東西に二極化させていた冷戦が終結し、米国が唯一の超大国となり、グローバリゼーションが進展するかと思われた。しかしその後、「文明の衝突」と称される民族、宗教、文化・文明の違いからの紛争や、最近では「アラブの春」と呼ばれる独裁体制に反発する民衆の運動が表面化した。まだまだ独裁者国家は存在し、一党独裁国家も存在する。これからの世界の変動は今まで以上に予想しがたい。

このような変動、紛争がさらに様々に変化しながら多発するであろうこと、アジア、アフリカ、南米、中東の経済発展、人口増などを考えると、安保理の、世界の安全と平和を維持するための話し合いと、その活動は、今まで以上の大きな成果が期待されている。しかるに、安保理体制は、この66年間に常任理事国5カ国は変わらず(1972年までは中華民国(現在台湾)が常任理事国)、非常任理事国が6カ国から4カ国増え10カ国になった(1965年改革)に過ぎない。2005年に安保理の代表制、効率性、透明性を向上させるための早期改革が合意されたが、6年経っても「活発な議論が行われている」に留まっている。

何が問題なのか。常任理事国を5カ国以上にすることか。どういうわけか常任理事国5カ国は全て核兵器国である。NPTではこの5カ国しか核兵器国として認めておらず、牽制、小競り合いを繰り返しているこの5カ国がNPTに守られた核クラブ、安保理常任理事国を形成している。不思議な光景だ。しかし、そのNPTを無視して核兵器をすでに保有している、あるいは開発を進めている国々もある。独裁者にとっても最後の切り札は、核兵器である。強力な戦力として、お金のかかる直接配備をしなくても、核は国際関係における独裁者としての待遇の改善、地位向上を図るための強力な道具と信じられている。それらNPT外の核兵器国をもNPT核兵器国が見て見ぬ振り、否、認めている部分もあるのが現状である。

今後、安保理・常任理事国に立候補しようとする国々は、核保有が必要条件ということか。

国連の分担金も不思議だ。安保理での5カ国の「拒否権」という、他の188カ国には与えられていない権利を固持しているからには、さぞかし5カ国の国連予算の負担率も多いのだろうと思いがちである。2011年の負担率は、米国22%(1位)、英国6.6%(4位)、フランス6.1%(5位)、中国3.2%(8位)、ロシア1.6%(15位)である。5カ国が1〜5位を占めていて当然と思われるが、そうではない。1位の米国と15位のロシアの間に、上位から順に日本、ドイツ、イタリア、カナダ、スペイン、メキシコ、韓国、豪州、オランダ、ブラジルが挟まっている。2位の日本と3位のドイツを合わせると、英国、フランス、中国、ロシアの4核兵器国の分担金合計より3%も多い。「分担率で決まるのではない」との声も聞こえる気がするが、「では核保有か」と言いたくなる。

第二次世界大戦中の核兵器の開発とその実証、その後の核軍拡、核拡散による異常な核依存体制により、世界の安全保障は24時間365日絶え間ない緊張を強いられ続けている。のどかで穏やかであった人と人の信頼関係、交流、そして助け合いも、そのような国際社会の余裕を無くした緊張状態により、今後も細々とでも続けていくことが出来るのかどうか、将来に対する不安は尽きない。ノーベル財団によるオバマ大統領の2009年4月のプラハ宣言に対する平和賞授与は、安保理改革の状況を見ただけでも授与倒れの感が高い。

核のない世界は夢のまた夢、核のパンドラの箱はもう閉じることは出来ないだろうか。われわれ人類の将来は、政治家への期待よりは、アラブの春のように市民の行動力に期待するしかない。独裁者国家、一党独裁国以外は、市民がもっと政治に関与すべきだ。

(編集部)